青山高原2008
2008年5月18日
年明けは多忙を極め、その後は5月のGWが終わるまで花粉症に悩まされて、できなかったツーリング。2008年5月18日、やっと私の「ツーリング2008」の幕開けです。この日はクラブの3人で「青山高原」を目指しました。途中で出会った「マツダキャロル360」に懐かしさを覚え、その先で偶然に見つけた「レトロカーフェスティバル」は、若い頃に憧れた車ばかりの集会で、35年前にタイムスリップしたかのようでした。
「レトロカーフェスティバル」で出遭った憧れの車を紹介します。
マツダ コスモスポーツ
(1967-1972年)世界初の実用・量産ロータリーエンジン搭載。10A型ロータリーエンジン(491cc×2)で、110ps/7000rpm・13.3kg/3500rpmを発生。
トヨタ カローラレビン
(1972-1974年)カローラクーペにオーバーフェンダーを取付、セリカ1600GTから移植された2T-G型1600ccDOHCエンジン(115ps:グロス)が搭載された。
トヨタ スポーツ800
(1965-1969年)当時の大衆車パブリカのエンジンとシャシーを流用し、超軽量化と空気抵抗の低いボディで、790cc,45psと非力ながら155km/hの最高速度を達成した。
日産 ブルーバードSSS
(1967-1972年)3代目(510型)1970年「第18回東アフリカサファリラリー」にて総合・チーム優勝の2冠達成。「ラリーの日産」のイメージを確立した名車です。
日産 フェアレディ240ZG
(1969-1978年)初代(S30型系)北米市場を中心に大ヒットし、長期生産されて「DATSUN」「Z-car」の名を確固たる物とした、記念碑的モデルである。
日産 スカイラインHT2000GT-R
(1968年-1972年)3代目(C10型)1969年2月 直列6気筒4バルブDOHC2000cc S20型エンジンを搭載したGT-R(PGC10型)の発売で、通称ハコスカ人気を不動にした。
日産 スカイラインHT2000GT-R
(1972年-1977年)4代目(C110型)1973年1月 「ハードトップ2000GT-R(KPGC110型)」を追加。先代同様S20型エンジンを搭載し、通称ケンとメリーのスカイラインと愛された。
ホンダ S800M
(1966年-1970年)S500、S600に続く第3弾で、略称はエスハチ。1968年5月には海外向けを基本に国内向けに手直ししたオープンのみの「S800M」が投入された。
トヨタ セリカリフトバック
(1970年-1977年)マイナーチェンジで、現在ではハッチバックと呼ばれるリフトバックが追加され、キャッチコピーは「第3の扉をひらくセリカLB新登場!」と華々しかった。
ギャランGTO 2000GS-R
(1970年-1977年)左の「2000GS-R」は、1973年にモデルチェンジし新型アストロンエンジンに移行したフラッグシップモデル。キャッチコピーは「Hip up coupe」で人気を博した。
日産 ローレル2000GX
(1968年-1972年)初代(C30型)1970年6月 2ドアハードトップ追加。これは日産初のピラーレスハードトップで、G20型 直列4気筒120馬力エンジンを搭載したモデルです。
マツダ キャロル360
(1962年-1970年)初代(KPDA系)4サイクルOHV360cc直列4気筒水冷アルミシリンダーエンジンを積むFR車。当初は2ドアだったが、翌年に4ドアが発売され大ヒットした。
国道370号線沿いの道の駅「宇陀路大宇陀」にて小休止。初夏の日差しで気温も上昇!レザーパンツにブルゾンでは暑さを感じ、メッシュにすれば良かったと、ちょっと後悔しました。
下界との気温差にびっくり!「さむ!」この日も下界は望めませんでした。
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| 青山高原ウインドファーム |
阪和自動車道「岸和田SA」で小休止しては、午後6時前に無事帰宅できました。














