日本平と焼津2022
【もくじ】
10/18>浜岡原子力発電所
10/19>登呂遺跡~三保の松原~久能山東照宮
10/20>日本平~龍華寺~焼津さかなセンター
いつもの「たびとも」メンバーに一人が加わって、合計4名で静岡県は焼津市方面へのクルマ旅を計画しました。本来は、昨年計画した「白山ホワイトロード」へのリベンジを果たす計画を立てていましたが、夏の台風による大雨の影響を受け、白山ホワイトロード自体が土砂崩れで通行できなくなり、せっかくのリベンジも叶いませんでした。
やむを得ず、今回同行のT氏に相談したところ「大井川鉄道」を走るSL乗車プランと周辺の旅の企画が持ち上がりました。早速、「たびとも」に依頼し、2泊3日の静岡県観光旅行を計画していただき、今回の旅程を組んで実行に移すことに相成ったわけです。また、当初は参加者5名で10人乗りレンタカーを利用して行く予定でしたが、病気療養中の1名が旅先での万一の事を考慮してキャンセルとなったことから、M氏の5人乗り自家用車に4名乗車で行くことになりました。
そして、およそ2か月前から計画しプランを練っているうちに、国の予算を用いた旅行支援政策が10/12から実施されるとの情報が入り、予算が全国の各県・自治体に割り振られ準備出来次第に割引が受けられることになり、我々にとってとてもラッキーな事でした。
(2022年10月18日~20日)
午前5時、今朝はいつもと違ってマジックアワーの撮影には行く時間もないことから、1時間ほどゆっくりです。今回は、お迎えに行くほうではなく、お迎えに来てくれるほうなので、時間はゆとりたっぷりです。
予定どおり午前6時前にお迎えに来てくれました。自宅で待っているだけというのも、なんだか気が引けます。
早速荷物を積み込んで出発しました。自宅からは高速道路ICが近くにあるので、スムーズに高速道路に入れて嬉しいです。でも、途中、第二京阪から京滋バイパスを通って名神高速に入るまでは所々で渋滞に遭い流れの悪いところがありました。やはり、このラッシュ時を避けるためには、もう少し朝早くの出発が必要なようです。
途中休憩の草津PAに到着する頃には渋滞も収まって、要約スムーズに走れるようになりました。そして、予定より少し遅れましたが、浜名湖SAにてしばらく昼食休憩を取りました。
次の旅程の「浜岡砂丘」への到着が予定よりも約40分遅くなったので、近くにある「浜岡原子力発電所」を見学して、その後ホテルに直行することにしました。
浜岡砂丘は、有名な「鳥取砂丘」に比べると少しこじんまりとした砂丘です。当時より砂が押し寄せたためか、案内表示の看板が埋もれていました。
浜岡砂丘のすぐ近くに位置する「浜岡原子力発電所」。東京電力・福島第一原子力発電所の事故から2か月後の2011年5月、当時の政府は、静岡県御前崎市にある浜岡原子力発電所のすべての原子炉停止を中部電力に要請しました。それから10年以上経過、浜岡原発は今も原子炉を停止したままです。
政府の原発対応に思いを寄せながら、ホテルのチェックイン時間が迫ってきたので、予約済みの「亀の井ホテル 焼津」へと向かいました。
ホテルのチェックインには、今回の全国旅行支援による割引手続きに少しだけ時間を要しましたが、どうにかスムーズにチェックインできました。ホテル自体が高台に建設されていることもあり、部屋の窓からは焼津市街が一望できるとっても眺望の良いホテルです。
温泉は、それほど質感の良さを肌で感じることができませんでしたが、気持ち良く入ることができました。そして、お楽しみの夕食の時間では、みんなで日本酒の地酒を楽しみながら、美味しい料理を味わってゆっくりとした時間を過ごすことができました。
今日は、午前中は三保の松原と日本平を、午後に登呂遺跡を予定していたのですが、午後の方が天気が良くなり、日本平からの富士山の眺めも良さそうなので、午前と午後を振り替えて観光することにしました。
そして、カーナビを頼りに「登呂遺跡駐車場」へと向かったのですが、どうも上手く案内されませんでした。結局、近くまで行くと案内表示があり、何も問題なく到着できました。
到着して気づいたのですが、農作業をしている方々が、何やら稲穂を剪定ばさみで刈り取る作業をしていました。尋ねてみると、昔の機械化がされていない当時のままの農作業を体験した旅行者が稲穂の穂の部分だけを摘み取り、残った後の稲わらを剪定ばさみで刈り込み、水田内にばら撒いて土に戻す作業をしていたのでした。
そして、私たちが和歌山県からの旅行者であることを告げると、驚いたことに農作業をされていた方(恐らくこの施設の管理関係者だと思います。)も、以前、我々と同じ住所地に勤務していたことがあると聞いて思いのほか会話が弾み、本当に良い思い出ができました。
また、登呂博物館では、スタッフの丁寧なご説明により、とっても有意義な時間を過ごせました。
登呂遺跡の見学後は、「三保の松原」へと向かいました。
公式サイトにも「三保松原は約7kmの海岸に約3万本の松が生い茂り、松林の緑、打ち寄せる白波、海の青さと富士山が織りなす風景は歌川広重の浮世絵や数々の絵画・和歌に表現されてきました。 三保松原の一角には、天女伝説で知られる羽衣の松があり、毎年10月には松前で三保羽衣薪能が開催されます。」と記されている非常に風光明媚な所です。
快晴であれば、ここからの富士山の眺めが最高なのでしょうけれど、この日は富士山方面に薄曇りがかかっており、残念ながら望むことができませんでした。
三保の松原からの富士山の眺めは薄雲に遮られて観ることができませんでしたが、次の日本平からはキレイな富士山が観れるようにと祈りながら向かいました。
しかし、ここでも薄雲が消えることがなく、富士山の姿はありませんでした。
日本平からの富士山の眺めは諦めて、次の予定の「久能山東照宮」へと向かうことにし、その前に、ちょうどお昼時なので、駐車場横にある日本平ロープウェイ内の駅舎2階にあるレストラン「はなあおい」にて昼食としました。ここでの冷たい「とろろそば」がとっても美味しかったです。
少し昼食休憩を済ませては、ロープウェイを利用して「久能山東照宮」へと向かいました。ロープウェイは10分毎に発車するので、待ち時間がほとんどなく、とっても便利でした。
下の久能山駅まで10分足らずで到着しました。久能山駅は「久能山東照宮」へ参拝するための駅です。東照宮まで久能山の山下から石段を登ると1,159段あるそうです。それでも、石段を利用して参拝される人も結構いました。
ロープウェイの久能山駅から国宝指定御社殿まででも約100段あるそうです。私たちは、徳川家康公の御遺骸を埋葬している神廟(しんびょう)まで更に40段の石段を登ってお参りしてきました。
ロープウェイを利用してでも、我々高齢者にはきついくらいで、結構疲れました。
今日はもうこの辺で、また昨日宿泊した「亀の井ホテル 焼津」へと戻ることにしました。連泊予約をしているので、それほど道順に困ることもなく楽でした。
連泊なので、昨夜と違うメニューにしていただき、今日も日本酒で乾杯し、楽しい一夜を過ごすことができました。
今日も普段道理に起床し、気持ちの良い朝風呂温泉を浴び、窓を開けると、なんと雲一つない快晴でした。テレビで天気予報を見ても関東、否、日本全域ほぼ晴れマーク一色でした。
あまりにも好天に恵まれたことから、早速、みんなで相談し、予定を変更して昨日観れなかった日本平からの富士山眺望リベンジへと一番に向かうことにしました。途中、国道から富士山がくっきりとほんの一瞬だけ見えました。
やっぱり快晴の天気は眺望も最高です。「日本平夢テラス」から望む富士山は、御殿場から望むのとはまた違った趣があり、とってもキレイでした。
撮影ポイントで富士山をバックに写真を撮っていると、仲間が観光案内のような人に何やら話を聞いていました。私も一緒に聞いてみると、「観富山 龍華寺(かんぷざん りゅうげじ)」を教えてくれたのです。
徳川家康公の側室であった「お万の方」を猶子として優遇を受けた日近上人が寛文十年(1670年)に開いた寺だとされています。
龍華寺は、ここ日本平から車で10分程度のところにあり、古くはここから望む富士山が日本一だと言われていたそうです。早速行ってみることにしました。
日本平で観光案内の人に教えていただいたとおり、龍華寺は県道198号線から入ってすぐにありました。駐車場もとても広く、分かりやすかったです。
観光案内の人に教えていただいたパンフレットの写真のような富士山の眺めが写真に収められるのか試してみたところ、どうにか探し当ててカメラに収めることができました。
晴天に恵まれて、ふいに出遭った観光案内人のお陰で予定になかった観光もできて、更に思い出が追加された旅となりました。
その後、予定に入れていた「焼津さかなセンター」へと向かいました。ちょうどお昼時となったので、まずは、同センターの一角にある「さかな大食堂 渚」にて昼食としました。
平日だったので、比較的空いていて、ゆっくり食事ができました。「焼津さかなセンター」には40軒近くの店舗があり、休日には活気あふれる賑わいとなることでしょう。
我々もお土産に干物などを少しだけ買って、思い出に「焼津プリン商店」でみんなでプリンを食べて帰りました。おいしかったです。
本来、今年は昨年行けなかった「白山ホワイトロード」のリベンジを予定していましたが、台風の豪雨に伴う土砂崩れで通行止めとなったことから、やむを得ず予定を変更して決めた「大井川鉄道」を走るSL乗車プランと周辺の旅でした。ところが今年も同じように台風の豪雨で、今度は大井川鉄道沿線へのアクセス道路が通行止めとなり、復旧のめどが立っていない状況で、再び断念せざるを得なくなってしまったのです。
台風の影響を受けて行けなかった大井川鉄道沿線や寸又峡の絶景は、またの日にリベンジすることにして、このまま帰路につきました。
予定したところが次々と行けなくなり変更に変更を重ねる旅となりましたが、幸い天候に恵まれて富士山の美しい風景をカメラに収めることができたので、これですべて帳消しとなり、思い残すことが無くなりました。
それに加えて「全国旅行支援」により格安の割引価格で、また何より無事に旅行できたことも、本当にうれしく思います。また、みんなでご一緒させていただけることを楽しみに、それまで健康に留意しましょう!
それでは皆さま、お疲れさまでした。




















